ヴィーガンへの扉
サバンナから
アフリカのサバンナでチーター親子を追いかけていたとき、偶然にも(カメラマン曰く”幸運にも”)狩のシーンに遭遇したのです。子どもが狙われたことに気づいたガゼルの母は、チーターに自分を追いかけさせようと必死で誘うのですが、チーターには小さな子どものガゼルの方が捕まえやすいので、結局母親の目の前で子ガゼルがチーター親子に捕まり、 そして餌食になりました。
その時の母ガゼルの悲痛な顔が目に焼きついて離れませんでした。日が暮れて真っ暗になっても、群が皆遠くへ行ってしまっても、まるでショックで身動きができなくなったかのようにその場から一歩も動かなくなり、呆然と立ち尽くしていました。目の前で子どもを殺される悲しみは動物もまた同じだったのです。あまりにも惨い、醜い動物の弱肉強食の世界、それは生き物の本能の縮図でした。
動物より人間が優れているのは知能が与えられていることです。他人を不幸にしても本能のままに自分の幸せを選ぶか、他人を害さないために自分が身をひくか、人間には後者を選ぶことができます。
私はこれまで、お皿の上にのったお肉と生きた動物を結びつけることなく、何の疑問もなく食べ続けてきてきました。特に牛や豚たちは、苦しみながら殺されるだけの運命の子どもたちを産まされているのです。私が食べるお肉にも必ず陰で嘆き悲しむ母たちがいたことを想像すると、同じ女性としてとても食べられなくなったのです。
ニューヨークのベジタリアニズム
ベジタリアニズムという言葉は日本ではあまり馴染みがなく、私自身、ベジタリアン=菜食=”アレルギーなどでお肉を食べられない人?”のことだと勘違いしていました。実際、従来の栄養学ではお肉は欠かせない栄養素のようにうたわれていたので、アフリカから帰国後も”お肉を食べないのは体に悪い”と怒られ、仕方なく少量を摂るようにしていました。

その後、夫の仕事の都合でニューヨークで生活することになったのですが、レストランにベジタリアン・メニューが必ずあること、動物性食品を使わないデリが豊富にあること、そして動物性食品が実は必要ないこと、むしろ摂らない方が好ましいことを知りました。
ベジタリアン食材を扱うスーパーは、その理念からオーガニック、人工化合物無添加、動物実験をしないことにもこだわっており、食べ物も化粧品も、通常その基準を満たした商品しか扱いませんので、安心してお買い物ができます。実際食べ比べてみると、オーガニック野菜は普通のスーパーのものとは艶も味も違うのには驚かされます。アイスクリームやクッキーなどのお菓子も、人工化合物どころか砂糖も使わないものが多く(フルーツやポテトの糖分を使っています)、上質な風味があり、やみつきになるのです。

ベジタリアニズムやオーガニックという言葉は、ここでは単なる健康のための食材の選択ではなく、環境や動物福祉に配慮したライフスタイルそのものなのです。
幸運と誇り
アメリカでもミュージシャン、俳優のベジタリアン化が多いのは、やはり感性が敏感なために、他人の痛みを感じやすいからだと思うのです。また、クリエイティブな仕事をする人は、よりよい作品を生み出す(=インスパイアされる)ために、よりよい精神状態におくことを目指しています。その意味からも、誰も傷つけないベジタリアニズム、ヴィーガニズムはスピリチュアルな食事療法で、多くのアーティストが試みているのだと思います。

私自身、アフリカを旅して、食べ物を見つけることの難しさ、生き延びることの難しさを改めて思い知らされました。
自分が一日生きるためにも、誰かを犠牲にしなければならない、という事実を知ってしまうと、健康のためとはいえ、お肉を食べなければならないのは汚らわしいことに思えました。でも今、インド(昔からですが)、イギリス、アメリカが実証してくれた新しい栄養学のおかげで、誰も殺さずに、植物から十分な栄養素をいただけることは、この上ない喜びで、食事のたびに精神的な充足感に満たされるのです。コモンの言葉、「ベジタリアンになれたことは幸運で、誇りに思っている」は、私を含め、多くのベジタリアンが感じていることだと思います。
「植物もかわいそう」という人はフルータリアンへ
「動物がかわいそう」というと、必ず「植物もかわいそうじゃないか」という人がいます。
もし本当に植物が刻まれることに胸を痛めているのなら、その人はフルータリアン(果物、ナッツしか食べない食スタイル)を選ぶでしょう。そうでなければ、本当は胸を痛めているのではなく、肉食を肯定したいための理屈でしかないでしょう。
とはいえ、動物たちが悲惨な待遇を受け、殺されていくのを目の前にしたら、正常な人間であれば胸を痛めない人などいないはずです。もし、植物性で作られたハンバーガーが本物のハンバーガーと同じ、またはそれ以上においしければ、残酷なお肉をあえて選ぶ理由は何もありません。お肉を食べたいからといって菜食批判を繰り広げる前に、ぜひ一度菜食グルメを試してほしいのです。レシピも味付けも素晴らしいものがどんどん開発されてきています。いくら動物愛護精神が強くても、おいしくなければ、ここまで欧米でブームにはならなかったでしょう。決して日本と比べてストイックな国ではないのですから。
菜食をしていると、味覚が鋭敏になり、もはや体に悪い物をおいしいと思わなくなるものです。そうなれば、自らベジタリアンのグルメが食べたくなるでしょう。
食べ物の変化は、体だけでなく、心にも影響を与えます。ベジタリアンからヴィーガンへ、それは心身が自然に向かうもののようです。そしてグルメなヴィーガンでも重く感じるようになったら、
フルーツやローフードなど、生菜食を徐々に取り入れていくことをおすすめします。突然食生活を変えるよりも、少しずつ慣らしていく方がよいようです。
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